殺害された中村医師、家族アフガニスタンで遺体と対面






写真上:中村 哲は、日本の医師。 ペシャワール会現地代表、ピース・ジャパン・メディカル・サービス総院長。 アフガニスタンではカカ・ムラドとも呼ばれる。(ウィキより)

水曜日、アフガニスタンのジャララバードで車を銃撃されて死亡した医師の中村哲さんの妻と娘が6日、カブールに到着し、遺体と対面しました。  

中村医師の娘・秋子さん:「こんなにアフガニスタンの皆様に好意を寄せて頂き、父も喜んでいると思います。どうもお世話になりました」  

妻の尚子さんと娘の秋子さんは、中村さんの遺体が安置されているカブールの病院を訪れ、遺体の前で涙を流しました。

中村医師は、ハンセン病の治療のために1980年代にアフガニスタンに渡り、その後、中村さんは母国日本から持ち込んだ運河建設技術により多くの人々の生活を変えました。

アフガニスタン現地のニュースで、アフガニスタンに水をもたらした日本人医師が殺害された。と報道されています。

中村哲博士は、1980年代にアフガニスタンとパキスタンでハンセン病患者を治療するために日本を離れました。しかし、彼は後に、深刻な干ばつが多くの死を招いていると言い、診療所で救う事以上に命を救えるのは水だと断言していたそうです。

2000年代には、ほとんど機械での技術を必要としない古い日本の技術を採用し、干ばつによって避難した村人たち100万人近くの住民を助けた。

「医師は患者を一人ずつ治療しますが、これは村全体を助けます」と当時、中村博士は話していたという。「生き返った村を見るのが大好きです。」と喜んでいた。

水曜日、中村博士は、アフガニスタン東部のナンガハール州の州都ジャララバードでの仕事に向かって運転中に、銃撃者に襲われました。組織のスタッフの5人が死亡し、中村博士は致命傷を負った。 彼は73歳でした。 

中村博士はナンガルハール病院で手術を受けたが、複数の銃創がみつかった。と州知事のスポークスマン、アッタウラ・ホギャニは述べました。

合掌

2019年12月7日



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